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help リーダーに追加 RSS 心機一転1年ぶりの発信−−−−  その1 大ババのその後

<<   作成日時 : 2009/01/04 15:11   >>

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 前回は20年1月30日、「老々介護日記ー7  難病申請」でした。ほぼ1年ぶりの書込になります。
 新しく書きたいこと、書かなければいけないことが次々に出てきたのですが、何とも忙しい毎日を過ごしたということばかりでなく、ブログやホームページを書いていく意欲が半減し、しばらく間が空くに従ってどんどんおっくうになってしまい、そんな毎日が流れていってしまったというところです。

 昨年の2月頃からの我が家のできごとをざっと思い出してみることにしましょう。(その1回目)
1.1月半ばに大ババの特養ホーム入居についての話が出てきて、そのホームの見学に行ったり面接をしたりと移 転の動きが活発になってきました。その特養ホームは東京都青梅市にあり移転には決断がいりました。

2.2月に家内の病気が果たして慶應病院の診断通りなのか、セカンドオピニヨンで他の病院にいき検査をするなど 病院巡りをしました。ある医者は脊髄小脳変性症ではないかと診断しましたが、結局は明確にならず、これまで  通りの治療を受けるしかないという結論でした。

3.3月半ば、大ババは青梅の特養ホームに入居が決まり転居しました。住民票や保険証なども書き換え、いろい ろな手続きをすませて入居しました。

4.大ババには遠くのホームに行かなければならないことなどなんべんも説明しました。家に帰りたいという大ババ の願いをかなえて上げられずいつも気がかりなことでした。

5.週に一度または2週に一度は必ず青梅まで顔を見に行って、慰めて上げるように努力しました。5歳の孫を連れ て行って一緒に童謡を歌ったりしたことを思い出します。

6.6月末それまで元気だった大ババの体調が思わしくなくなりました。具合が悪いという連絡があり様子を見に行 きましたが何とか持ち直していました。

7.6月27日、病院に入院させる必要があること、直ぐにきて欲しいとの連絡がありました。その時はまだ何とかな りそうな様子でしたが、7月1日夜中の2時に連絡が入り、家内とともに急行、夜明けまでそばに付き添いました。 でもその日の午後息を引き取り帰らぬ人となってしまいました。ました。

8.いろいろな事情かあったにせよ、家族とはなれ遠くのホームでの一人の生活はどんなにか寂しいことだったろう かと思うと、それが一番の心残りになりました。

9.7月6日、近親者だけで通夜と告別式を兼ねた葬儀をすませ、8月17日七七忌の法要のために松本のお寺に  行き、既にできていた墓に納骨しました。そこには東京大空襲でなくなった夫君も葬られていて、天国でお二人は 再会を果たしたということになります。

10.これだけでも波乱の大きい追いまくられた半年だったのです。

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